シカゴ大学の「キノコ雲」 科学の進展の名の下に 特派員メモ
■@シカゴ(米国)

丸みを帯びた滑らかな上部を数本の柱が支える姿は「キノコ雲」を連想させる。現代彫刻の巨匠ヘンリー・ムーアによる高さ約3.7メートルの銅像「ニュークリア・エナジー(核エネルギー)」はシカゴ大学の図書館の脇に立っていた。
この場所の地下にあった原子炉で1942年12月、後に「マンハッタン計画」に参加する物理学者フェルミらが制御された核分裂連鎖反応を起こすことに世界で初めて成功した。広島、長崎に落とされる原爆の製造に向けて、そして、その後の「核時代」に向けて、極めて重要な一歩を踏み出した地だ。
フェルミらの実験は「冶金(やきん)研究所」と名付けられた場所で秘密裏に行われていた。案内してくれたシカゴ大名誉教授のノーマ・フィールドさんによると、フェルミらは被曝(ひばく)の危険性を十分認識していたという。研究に関わる科学者たちは定期的に尿検査や血液検査を受けていた。原子炉は当初、30キロほど離れた人口の少ない場所に造られる予定だったが、労働争議などで建設が遅れた。だが、原爆開発でドイツに先を越されてはならないと焦り、大学内で実験をしたのだという。
