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映画見ず逝ったトラック野郎のモデル 「一番星号」が事故現場に花

1970年代後半、一世を風靡(ふうび)した映画シリーズ「トラック野郎」。主人公が乗っていた11トンのデコトラ「一番星号」は、今も全国の道を走り続けている。6月下旬の午後、一番星号は岩手県釜石市の山中の小さなトンネルの前で停車した。映画の完成を見ずに世を去った、映画のモデルとなった人と車を弔うために。

アルトクレフ Staff5 July 2026 at 00:30 UTC1 min read
映画見ず逝ったトラック野郎のモデル 「一番星号」が事故現場に花

1970年代後半、一世を風靡(ふうび)した映画シリーズ「トラック野郎」。主人公が乗っていた11トンのデコトラ「一番星号」は、今も全国の道を走り続けている。6月下旬の午後、一番星号は岩手県釜石市の山中の小さなトンネルの前で停車した。映画の完成を見ずに世を去った、映画のモデルとなった人と車を弔うために。

1975年6月、トラック運転手を主人公にした映画をつくろうと決めた鈴木則文監督(故人)は、題材を求め、澤井信一郎助監督(同)と2人で埼玉県の集配センターを訪れた。そこで青森・下北半島出身の28歳の青年、張磨良治さんに出会った。

角刈り頭にねじりはちまき、白いだぼシャツにステテコ、せった姿。色黒の顔に丸い目。分厚い唇が笑うと愛嬌(あいきょう)があった。事情を話すと「俺たちの映画ができるのか、結構、結構、うれしいことだっちゃ」と喜び、11トンの保冷車に青森まで同乗させてくれた。

鈴木監督はこの経験から、映画のイメージをふくらませた。10日ほど後、東京の旅館で脚本を書いていると、電話がかかってきた。鈴木監督は耳を疑った。張磨さんが事故死したという知らせだった。

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