世界遺産登録へ「飛鳥・藤原」どんなところ? 記者2人が動画で紹介
ユネスコ(国連教育科学文化機関)の諮問機関のお墨付きを得て、7月の世界遺産登録に大きく近づいた「飛鳥・藤原の宮都」。人生で一度も訪れたことのなかった記者(28)が5月中旬、学生時代から飛鳥を愛し、長年取材を続ける地元・橿原支局の塚本和人支局長(58)と現地を回り、その特徴を肌で感じた。

ユネスコの世界遺産に「飛鳥・藤原の宮都」(奈良県)が登録される見通しとなった。事前審査する諮問機関が「登録」を勧告した。7月19日から韓国・釜山で開かれる世界遺産委員会で最終的に決定する。
ユネスコ(国連教育科学文化機関)の諮問機関のお墨付きを得て、7月の世界遺産登録に大きく近づいた「飛鳥・藤原の宮都」。人生で一度も訪れたことのなかった記者(28)が5月中旬、学生時代から飛鳥を愛し、長年取材を続ける地元・橿原支局の塚本和人支局長(58)と現地を回り、その特徴を肌で感じた。
え、何もないやん――。見渡す限りの田んぼ、晴れた空、ヒバリの鳴き声、揺れるシロツメクサ。石畳に囲まれた土でカエルが跳ねる。
ここは奈良県明日香村の飛鳥宮跡。645年に中大兄皇子(なかのおおえのみこ)と中臣鎌足(なかとみのかまたり)が蘇我入鹿(そがのいるか)を殺害し、大化の改新を始めた場所だ。
「世界遺産は田んぼの下にあるんです」と塚本支局長は言う。
飛鳥宮跡とその周辺では例年、秋に米の収穫が終わると、田んぼの下に眠る遺構の発掘調査が行われるという。田んぼは米を作るためだけでなく、「日本の原風景」と言われる景観を守るためのものでもある。
古代史の大事件の舞台が足元の地面の下にあるというのは、不思議な感覚だった。
次に向かったのは石舞台古墳。推定総重量2300トンの巨石約30個が積み重なった古墳の中は、日差しが遮られ、石の隙間から光が差す。ひんやりと涼しい。
推古天皇や聖徳太子と一緒に国政を率いたとされる大豪族、蘇我馬子(うまこ)の墓とみられている。
石の天井を見つめながら、1400年前の人物と同じ空間を共有していることに、不思議な距離の近さを覚えた。
石室を出て、あらためて古墳を見る。緑の木々に囲まれた草むらにぽつんと巨石がたたずむ姿は異様だった。
思わず写真を撮ったが、目の前の光景の魅力がうまく映らない。満月の美しさを写真に撮るのが難しいのと同じような、もどかしさを感じた。
次に見たのは、牽牛子塚(けんごしづか)古墳。高さ約5メートルの墳丘に白い凝灰岩の切り石約2500枚を張り巡らせて古代の様子を復元した、八角形の古墳だ。



